楽しい無職の過ごし方

無職の日々の出来事や、困り事の解決方法について

はちるの人生

この記事では、きらきら無職はちるがどんな人間なのかをご紹介します。

 

目次

 

 

自己紹介

夢も希望も時間もある、ないのは職だけ。

きらきら無職、はちると申します。

 

1994年02月22日、名古屋市で誕生。

そのまま名古屋で育ちました。

 

22年も名古屋にいたら、飽き性だから飽きちゃいました。

もっと外の世界を知りたい!って思ったので、

新卒での就職を機に、2016年、東京へやってきました。

 

しかし、2018年の現在は、2度も休職を繰り返し無職になりました。

きらきら無職になるまでの私の人生を、続きに掲載しました。

興味ある人は読んでみてね。

 

 

 

 

はちるの人生

ピカチュウになりたかった幼少期

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折り紙と戦隊ヒーローと、ポケモンが大好きな、幼女時代。

お出かけするときは、風呂敷のマントとプラスチックの日本刀を装着。

変身してからお出かけするのがマスト。

 

将来の夢は「

この夢を私の口から聞いた母は、とても心配したそうです。

「他の子の夢はケーキ屋さんとかなのに、育て方間違えた・・・?

 そもそも、どうやってピカチュウになるんだろう・・・。」と。

 

ネトゲオタクと化した小学生~中学生

公園で木に登ることと、ゲームが大好きな、少女時代。

小学3年生にして、オンラインゲームデビュー。

当時、全盛期だったハンゲームで、人間関係を形成。

小学6年生になる頃には、手に入れたガラケーをつかい、ハンゲームで知り合った顔も知らない男とメールをしていました。

出会い厨のはじまりである。

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担任の先生に「顔も知らない人に恋したら、駄目ですよね…。」と相談する始末。

因みにその人の顔写真を見たら、ヤのつく人のような顔で、怖くなった

シカトしたらネットストーカーに進化した。

大人になった今思い返すと、ただの顔面差別だったと思う。ごめん。

 

中学生になる頃には、すっかりMMORPGにはまり込む。

当時は、HolyBeastとマビノギ完美世界あたりを掛け持ちしてました。

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受験勉強の為に入った塾も、ネトゲの為にサボります。

本当は学校もサボりたかったけど、皆と同じレールから脱線することが怖くて、学校だけは行ってました。

 

この頃には、将来の夢もピカチュウではなく「イルカの調教師」

ですが、これは表向きの夢でした。

本当は、ネトゲして、パソコン壊したり、直すために弄ってる内に、パソコンって、何でも作れるすごいやつだ?!と気付いてました。

だから、そんなすごいやつを操れるプログラマ」になりたいって思ってました。

中学生当時、クラス内でオタクはいじめの対象でした。

同級生で「パソコンが友達」と発言しただけで、いじめのターゲットにされていた子がいて、とにかくそれが怖くて、人目を気にしてそんな夢は隠していました。

 

配信者として調子に乗る高校生

高校は、高卒での就職も視野にいれ、市立の商業高校へ入学。

荒れていた中学校とは一変して、高校は最高の環境でした。

情報処理科に進んだので、クラスのほとんどが何かしろのオタクで、9割が女子、人目を気にしなくてよくなりました

 

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その頃には、ニコニコ生放送ネトゲ実況を配信。

当時のネトゲ実況界隈は、現役女子高生の配信が少なかった為、配信のタイトルに「JK」って書くだけで視聴者がガバガバ増えました。

夜中に大騒ぎしたり、ホラー動画を見せられて号泣するなどして、配信中に父親が怒鳴り込むなどのトラブルもありましたが、何よりもコメントもたくさんきて楽しい!

この時に発信者としての楽しさを知りました。

 

しかし、その視聴者の中のとある男性と付き合うことに。

配信するより、かれぴっぴと通話する方が楽しいわと思って、配信はやめました。

 

その後、生徒会の一員となった私は、文化祭の企画として動画作成を企画しました。

やったこともない動画編集を、根拠のない自信で出来ると信じていたのです。

やったこともありませんでしたから、上映前日は徹夜です。

結果は大盛況でした。今でも上映した時の歓声が忘れられないです。鳥肌立ちました。

この時に、自己表現の楽しさを知りました。

 

花京院典明の信者だった大学生

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 大学生活は、社会人になることへの恐怖と、ジョジョの奇妙な冒険のキャラクター花京院典明に会いたいからVR開発したいと思ってたこと以外はあんまり記憶がありません。

とにかく社会人になりたくなかった私。

その恐怖を打ち消すため、様々なアルバイトと花京院典明にのめり込みました。

アルバイト歴を並べるとカオス。

スーパーの品出し→ゲームのデバッガ→映像編集者→テレビのレギュラー出演者→検定の試験監督→選挙の数かぞえる人→フリランサーのアシスタント→教授の授業の手伝い→事務のアシスタント。

色々な仕事を経験しておけば、天職的なものが見つかると思ったのです。

天職が見つかれば、社会人になっても怖くないと信じていました。

でも特に見つかりませんでした

 

アルバイトもなかなか頑張っていましたが、更に頑張っていたのが花京院典明信仰

花京院に会いたい一心で、花京院典明を眺めるスマホVRアプリを作りました。

初めて花京院典明をこの目で見た時、本当に嬉しくて泣きました

でも、花京院は両手を広げて棒立ちしてました。

棒立ちする花京院と、号泣する私VRってこわいよね。

youtu.be

VRプレイ中のいたずらは絶対にやめましょう。 

 

花京院典明MMD動画を作成して投稿したりもしていました。

今は著作権の関係で運営様に削除されたので、お見せできませんが…。

そんな感じで、私の人生はアルバイトと、花京院典明でまわっていました。

 

先が見えなくなった社会人

そんなこんなで花京院典明にご執心だった私は、就職活動もろくにせず、ヨガの体験がしたくて説明会に参加したら、何故か内定をくれたIT企業システムエンジニアになってしまいました。

なんと、子供の頃からの夢「プログラマ」になれたのです。

はちるはシステムエンジニアとして大活躍!

結婚して!子供できて!孫できて!幸せに!老衰!昇天!めでたし、めでたし。

とは、なりませんでした。

 

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働きだして半年。

私の脳内は、

「こうやって会社で働き続けて、私の人生は今後どうなるんだろう?

「私はここにいて、価値のある仕事ができているのだろうか?

「私がいても迷惑なんじゃないか?」

私にとっての幸せは、会社で働き続けることなのか?

そんな悪い気持ちが雪だるま式に、溢れるようになっていきました。

 

そんなことばかり考えていたら、段々と周りの人たちが自分のことを悪く思っているんじゃないかと被害妄想的なことを考えるようになりました。

自己肯定感がほとんどなくなっていました。

そんなことをしていたら、限界を超えてうつ状態になりました。

一回目の休職です。

 

4ヶ月間も会社から距離をおいたことで、この恐怖をすっかり忘れて復職しました。

復職後、休み休み、なんとか仕事をしていました。

しかし根本を解決しないまま復職した私に待っていたのは、再発でした。

復職から半年間、徐々に一回目と同じような被害妄想が酷くなり、二回目の休職です。

 

病院に行くと、社交不安症という病名がつけれられました。

会社がブラックだとか、人間関係が悪かったとか環境的な理由でもないのに、二度も気が狂った私は、絶望しました。

それって、会社に通うことに自分が納得してないってことです。

つまり、どの会社に行っても同じ理由で躓き続けるってことです。

 

会社に行くこと以外で生きていく方法を知らない私は、本当にもうどうしようもないクズ人間になってしまったんだって思いました。

皆と同じように、生きていけないんだって思いました。

 

そして「きらきら無職」になった

そうこう悩んでいる内に、復職までの期限も迫っていました。

期限になったら、退職する復職するかの二択を迫られます。

私は、退職を選びました。

 

理由としては、

今のまま復帰したところで、また被害妄想や自己肯定感が低下する。

無職というヤバイ職業に就けるのは、年齢的に今がラストチャンス。

と思ったからです。

 

人生を思い返すと、親の目や、周りの目ばかりを気にして生きてきた私にとって、この機会は好き放題に生きるチャンスだと思いました。

 

もちろん、社交不安症の改善を今後も続けます。

でも、病院に行くだけでなく、自分で自分に自信をつけることも改善になると考えます。

精神病は、薬を飲んで寝ていれば治るわけじゃありません。

自ら治そうと行動することが必要だと考えています。

 

こんなこと自分でできた!やりたいことをやりきった!

そういう体験をこの無職期間に、たくさんしたいと思ってます。

そうしたら、仮にまたお金の為に会社員に戻ったとしても、同じことを繰り返さなくて済むと考えています。

できれば、在宅でお金を稼ぐ力をつけたいところですけどね。

 

きらきら無職って?

きらきら無職」という肩書は、上述したように、先が見えないだけの暗い意味の無職なんじゃないんだぞって気持ちでつけました。

夢(やりたいこと)も、希望(社交不安症を改善した後の人生)も時間もある、

ないのは職だけ、そんな意味があります。

 

最後に

ながーーーーーい自分語りを最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

 

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます!

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